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高松市主要事業
高松城復元
高松城は、天正十五年に豊臣秀吉から讃岐一国を与えられた生駒親正によって、翌年から数ヵ年かけて築城された海城であり、このとき、地名を「野原」から「高松」に改めました。
生駒氏転封後、松平ョ重に東讃十二万石が与えられ、ョ重は寛永十年に天守を改築しました。改築された天守は、三重五階(三重四階+地下一階)建で、その構造は、最上階が下の階より張り出した南蛮造りで、さらに地上一階部分も石垣より張り出したものとなっており、また、地上部分の高さは十三間半(二十六・六メートル)で、四国最大の規模を誇ったものでした。
このように、市の貴重な歴史的文化遺産であり、観光資源としても重要な史跡高松城跡の保存整備や、高松城天守閣の復元を推進しています。
中世 港町「野原」が栄える
天正16年(1588) 生駒親正に高松城築城開始
寛永17年(1640)7月 生駒高俊が出羽矢島一万石に転封
寛永19年(1642)2月 松平ョ重に東讃十二万石が与えられる
寛文10年(1670)8月 小倉城天守を模した天守完成
寛文11年(1671) 東ノ丸・北ノ丸を新造開始
延宝5年(1677)5月 艮櫓完成
慶応4年(1868)1月 官軍に高松城開城
明治17年(1884) 老朽化のため天守解体
明治23年(1890) 松平家へ払い下げ
大正6年(1917)6月 披雲閣完成
昭和20年(1945)7月 高松空襲により桜御門焼失
昭和29年(1954)1月 高松市の所有となる
昭和30年(1955)3月 国史跡に指定
昭和30年(1955)5月 玉藻公園として市民に開放
天守解体前の写真
天守解体前の写真(明治15年12月30日撮影、ケンブリッジ大学蔵)
玉藻公園見取り図
玉藻公園見取り図
高松城跡天守台
高松城跡天守台
うしとらやぐら
艮櫓(うしとらやぐら)
玉藻公園将来像図
玉藻公園将来像図(中央に天守閣、その右に現在修復中の地久櫓・内堀を復元)
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